兼六園(日本三大名園)


兼六園は、水戸の偕楽園、岡山の後楽園とならぶ、日本三名園の一つです。
430年前、お殿様のプライベートの庭として造られました。
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金沢市の中心部に位置し、四季折々の美しさを楽しめる庭園として、多くの県民や世界各国の観光客に親しまれています。

おすすめ★★★★☆(4点)
感想日本三大名園の一つ。金沢観光と言えば、兼六園。春夏秋冬、季節によって色々な表情を 見せてくれます。お時間があればガイドさんと一緒にまわるのも良いですね。
住所〒920-0936
石川県金沢市兼六町1-4
電話番号076-234-3800(石川県金沢城・兼六園管理事務所)
営業時間3月1日~10月15日7時~18時●10月16日~2月末日8時~17時
定休日年中無休
駐車場石川県兼六駐車場(基本1時間350円、追加30分150円)7時~22時
入園料大人(18歳以上)310円●小人(6〜18才)100円●5歳以下・65才以上無料(要証明書)
ガイドサービスをご利用(有料・無料)有料お問い合わせ:兼六園観光協会案内所 TEL. 076-221-6453
代金:1500円(約40分)
無料ガイドお問い合わせ:http://www.pref.ishikawa.jp/siro-niwa/japanese/borantia.html
車いすのご利用について貸出用の車椅子があります。
兼六園:桂坂料金所・蓮池門料金所・小立野料金所・随身坂料金所 (小立野料金所周辺は平坦ですのでご利用いただき易くなっています。)
バリアフリー推奨コース有り。
兼六園の県民鑑賞の日石川県民は、毎週土・日曜日は入園料免除となります。 ただし、公的機関が発行する運転免許証・保険証等で県民である証明の提示が必要です。(コピー可)
備考ホームページはこちら
金沢城公園・兼六園早朝開園について
金沢城公園・兼六園では、早朝無料開放を行っております。 ただし、兼六園は蓮池門口・随身坂口のみ開門されています。 有料開園時間の15分前までに退園してください。

●3月1日〜3月31日 5:00〜
●4月1日〜8月31日 4:00〜
●9月1日〜10月31日 5:00〜
●11月1日〜2月末日 6:00〜


兼六園を楽しもう・その①
▶▶ガイドさんの案内で、兼六園の裏話を楽しむ

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兼六園には、案内をしてくれるガイドさんがいます。

■有料のガイド
・料金:1500円
・時間:40分ほど
・申込み:兼六園に入る門の前に、観光案内所があります。こちらで申込みが出来ます。
兼六園観光協会案内所 ℡076-221-6453

兼六園を一緒に歩きながら、兼六園にまつわる昔の話や、兼六園に隠れている動物の話✨など、大人からお子様まで楽しめるように、丁寧に案内をしてくれます。

ガイドさんの話を聞き終わって、色んな思いや沢山の物語が詰まっていて、本当の兼六園の姿を知る事が出来き感動しました。皆さまも、是非ガイドさん付きで兼六園の奥深さを体感して下さい。

■無料のボランティアガイド
・活動時間:■3月1日〜12月28日 毎日9:30〜15:30 (案内終了)■1月5日〜2月末日 土日のみ9:30〜15:30 (案内終了)
・待機場所:石川門入口休憩所
・案内箇所:金沢城公園と兼六園
・案内時間:約40分~50分

春の桜、秋の紅葉、冬の雪吊りは四季折々いろいろな表情を見せてくれる兼六園。1年を通してその魅力を是非、お楽しみ下さい。


▶▶兼六園の名前の由来

六勝とは、宏大。幽邃。人力。蒼古。水泉。眺望。のこと

宋の時代の書物『洛陽名園記』には、「洛人云う園圃の勝。相兼ぬる能わざるは六宏。大を務るは幽邃少なし人力勝るは蒼古少なし 水泉多きは眺望難し 此の六を兼ねるは 惟湖園のみ」という記述があります。

その伝えるところは、「庭園では六つのすぐれた景観を兼ね備えることはできない。広々とした様子(宏大)を表そうとすれば、静寂と奥深さ(幽邃)が少なくなってしまう。人の手が加わったところ(人力)には、古びた趣(蒼古)が乏しい。また、滝や池など(水泉)を多くすれば、遠くを眺めることができない」そして、「この六つの景観が共存しているのは湖園だけだ」と結ぶのです。すばらしい景観を持した庭園として賞された湖園。
兼六園は、この湖園に似つかわしく、六勝を兼ね備えているという理由から、文政5年(1822)、奥州白河藩主・松平定信によってその名を与えられました。


兼六園を楽しもう・その②
▶▶兼六園の中に居る数体の動物を見つけよう

ガイドさんから聞いた話ですが、兼六園の中には、数体の動物がいるようです✨
『鶴・亀・大蛇・ナメクジ・ガマガエル』
是非!探して見て下さい✨


兼六園を楽しもう・その③
▶▶ライトアップに照らされた川面に映る景色がとっても素敵です✨

兼六園には、何度も来ていますが、その度に感動するのが、ライトアップの夜間開放時の兼六園です。

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兼六園の中には、池があり川が流れています。そこにうつる景色がとても素敵なんです。普段は、17時~18時に閉園しますが、ライトアップの期間中は夜まで開園し、違った表情の庭園を楽しむ事が出来ます。お勧めです✨


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桂坂口
入口から門を潜って坂を登って行くと、桂の大木があります。これが、桂坂の名前の由来です。兼六園にはいくつかの入口がありますが、金沢城を横手に見ながら、こちらから入るのがお勧めです。

 

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桜ヶ岡
桂坂を上がったところに、ソメイヨシノを中心とした桜の木が埋まった丘陵があります。春、桜が満開の頃は一面がピンク色に染まり、とてもキレイです。

 

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徽軫灯籠 撮影スポット
兼六園を代表する景色“徽軫灯籠”脚が二股になっていて、琴の糸を支える琴柱に似ていることから、この名が付きました。この灯籠は水面を照らすための雪見灯籠の変形で、もとは二股になってる脚が同じ長さでしたが明治時代に何らかの理由で片足が折れたものといわれています。

 

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虹橋
徽軫灯籠の手前に架かる橋で、長さ4m99cm、幅1m10cm、厚さ30cmの一枚橋になります。琴の形のように緩やかな曲線を描いていることから、琴橋とも言われています。こちらは赤戸室石で出来ています。戸室山で採取された石を使っています。霞ヶ池。徽軫灯籠と虹橋。この3つの融合は、とても素敵な景色と感動を与えてくれます。

 

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眺望台
ここからのながめは、兼六園の六勝のうちの一つ“眺望”を体感する事が出来ます。左のはるかに横たわる稜線は内灘砂丘、その向う側は日本海、砂丘が右に尽きるところから能登半島が北にのびています。正面の山は卯辰山、右は遠く富山県境の医王山が望まれます。

 

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曲水
兼六園の六勝の一つ“水泉”とされている曲水。この水は犀川の上流から引いてある辰巳用水を伝ってきています。カキツバタが植えられていて、5月には一面がキレイな花で覆われます。

 

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唐崎松
13代藩主・前田斉泰が滋賀県唐崎てら取り寄せて育てた黒松で、兼六園の冬の雪吊りは、見所の一つになっています。冬の名物雪吊りは11月にこの松から作業を開始します。毎年、冬の風物詩としてテレビに放送されますよね。

 

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月見燈籠
月見橋のたもとにある、園内唯一の月見灯籠です。高さは2m10cm、石材は御影石。満月をイメージして、笠や中台、火口も円形となっています。

 

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姫小松
現在は2代目の姫小松。初代の根株も残っています。

初代藩主利家が金沢城へ入城し、現在の千歳台に宝円寺を建立しました。初代姫小松はこのとき植えられたものと思われています。初代「姫小松」は、樹齢500年といわれ、園内一の枝振りといわれましたが、台風の被害と老衰により、一部の切り株を残し平成7年に伐採されました。2代目姫小松は、昭和45年(1970)に呼び接ぎのために植えられた若木が育ったものです。

 

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旭桜
白山の山桜の大木で園内第一の老樹であったため、大桜ともいわれていました。地上30cmの幹周りが6m70cmもあり、山桜の一種で、園内のソメイヨシノが散ったあと、薄茶色の葉と一緒に咲きます。一重で大きめの桜花を咲かせます。この桜木は、竹沢御殿を取り壊しながら庭園作庭にあたっていた13代藩主斉泰が、長町にある重臣・村井家の庭からもってこさせたものといわれています。大きな木で、細い路では運べないため、邪魔になる家屋50軒を壊し500人の家臣を動員して運んだといいます。その初代の桜は昭和初期に枯れてしまいましたが、根元から出てきたひこばえが残って成長し、現在2代目となって咲き誇っています。

 

kennroku-1o雁行橋
11枚の赤戸室石を使って雁が列をなして飛んでいる姿に作られているので、雁行橋と呼んでいます。また、一枚、一枚の石が亀甲の形をしているので、別名、亀甲橋とも呼ばれていました。万年を生きる亀にちなんで、この橋を渡れば長生きができると言い伝えられ、多くの人がこの橋を渡った結果、石の真ん中がすり減って渡れなくなりました。現在は眺めるだけで長生きできる橋とされています。

 

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kennroku-1q花見橋
別名“勅使橋”“観花橋”この橋から見る花が美しいからその名がつきました。桜やカキツバタが素晴らしいと言われてます。橋は、欄干の柱の頭に擬宝珠をかぶせた木製の反橋で、4月は桜花、5月は曲水のカキツバタやツツジの眺めがいいところから、この名が付きました。現在の橋は平成元年に架け替えられたものです。曲水に架かる月見橋、雪見橋と合わせて三橋といいます。

 

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兼六園に“鶴と亀”が表現されている事、ご存じでしたか?ガイドさんに説明してもらった中で、私が一番!感動した景色。それは…ここです。

唐崎松を下から引っ張り、上に伸びないようしています。この形…“鶴”に見えませんか?そして、目の前にあるのが、蓬莱島。別名、亀甲島。鶴と亀。ここ、兼六園は栄えるようにと縁起を担がれて造られているのですね。

 

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蓬莱島
別名、亀甲島。霞ヶ池を海に見立て、神仙島になぞらえたものです。

これは中国の古い神仙思想で、海の彼方には蓬莱、方丈、瀛州という三つの島があり、そこは神仙人が住む理想郷だという伝説がよりどころとなっています。三島は不老不死や繁栄をもたらすものの象徴となり、かつて多くの大名庭園に取り入れられました。

この島は亀の形をしていたといわれ、蓬莱島も島の北東にある黒い大きな立岩を亀の頭、対極の石塔を亀の尾とし、島の形を亀に見立てています。亀甲島と呼ばれる由縁です。

 

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七福神山 雪見灯篭 雪見橋
12代藩主・斉広が造営した竹沢御殿に附帯していた庭園の一部です。

福寿山とも呼ばれるこの山は、曲水、築山、雪見灯籠など、当時の雰囲気をそのままに伝えています。また、七福神になぞらえた七つの自然そのままの石を配置しているのも大きな特徴です。

月見橋のたもとにある、園内唯一の月見灯籠。高さは2m10cm、御影石で出来ています。満月をイメージして、笠や中台、火口も円形となっています。七福神山の正面の曲水に架かる反橋で、巨大な青戸室石を二つ合わせて敷いた石橋。

 

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兼六園熊谷桜
明治紀念之標に向かって左手の、曲水にかかる石橋「千歳橋」の下流たもとにあり、
兼六園菊桜と斜めに向かい合ってたっています。山桜の園芸品種で、開花は4月中旬頃。

満開時には枝を取り巻いて牡丹の形のように咲くところから、牡丹桜の異名があります。水戸藩から贈られたと伝わり、樹齢300年といわれています。現在はひこばえが育ち、花をつけています。

 

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兼六園菊桜
兼六菊桜は全国でも珍しい品種の桜で花びらが330~約350枚持ち、約二週間咲き、開花から落下まで3種類ほど花の色を変えるといいます。昭和44年に枯れ死した初代は日本に一本しかなかった天然記念物として有名で現在の桜はその二代目となります。この木は幕末に京都御所から賜ったものと言い伝えられ、御所桜とも呼ばれました。

 

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明治紀年之標
兼六園を見下ろすようにそびえ立つ日本武尊の像。西南戦争で戦死した郷土軍人を祀るために、明治13年に建てられました。銅像の着物が左前になっているのは古代の女性の服装で、日本武尊が女の姿をして熊襲を倒したという伝説によります。身長は5m50cm、台石の高さは6m50cmと巨大ですが、台石はセメントなどを使わずに石を積み上げただけのものです。

台石のうちの大きな石を、大蛇・ナメクジ・ガマに見立てて、それらが互いににらみ合い「三すくみ」の状態にあるので崩れないと言われています。

昭和63年造りはそのままにして全面改修が行われました。その際、銅像に鳥のフンが全く付いていなかったことから、金沢大学の広瀬幸雄教授が銅像の成分を分析し、鳥除けの合金を開発しました。平成15年にユーモアと独自性のある研究に贈られるイグ・ノーベル賞を受賞しました。

 

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根上松
兼六園の松木は約560本。そのほとんどが黒松と赤松です。根上の松は黒松で、13代藩主斉泰が若松を自ら植えたといわれています。

名の由来は、40数本の根が地上2mまでせりあがることからこの名が付けられました。これは、土を盛り上げて若松を植え、成長にともなって土を取り除き、今の形につくり上げたものです。樹齢約200年、高さ15m以上の堂々とした姿は、唐崎の松とともに兼六園を代表する名松です。

 

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板橋
船底板を用いた橋で、三河の名所八橋を模してつくられました。カキツバタの群生に囲まれ、5月の開花時はとても素敵な景色を見せてくれます。

 

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霞ヶ池
兼六園の中心部にある一番大きな池。水深は最も深いところで1m50cm。曲水は虹橋下流で霞ヶ池に流れ込み、内橋亭付近の流出口から翠滝になって、瓢池へ落ちる。池を中心にして栄螺山、内橋亭、徽軫灯籠、虹橋、唐崎の松、蓬莱島などの名勝が配置され、回遊しながら多様な景色が楽しめます。

また、南側から眺めると、近景に内橋亭、中景に蓬莱島、遠景に徽軫灯籠と虹橋という造園手法が駆使されており、さらに借景として庭外の卯辰山を取り入れ、奥行と広がりを持つ。兼六園の代表的な景観のひとつです。

 

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獅子巖
獅子の姿に似た自然石。虎石、龍石、とともに兼六園の要石といわれています。獅子、虎、龍は昔から天子や英雄の例えとなる力強い動物。これらの石はそれにあやかって出世を願い、配置されたもので、もとは初代藩主利家が治めていた七尾城にありましたが、それを金沢城内の庭に移し、さらに兼六園に移したといわれています。

 

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黄門橋
青戸室石でできた一枚石で、大きさは園内一です。長さ6m、幅1メートル、幅は1m、厚さは40cmもあり横から見ると2枚重ねたように見えますが、実際は一枚石で出来ています。

 

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噴水
この噴水は上にある霞ヶ池を水源としていて、自然の水圧であがっています。水の高さは3.5メートルで霞ヶ池の水位の変化によって変わります。文久元年、金沢城二の丸の居間先に噴水があがっていますが、
兼六園の噴水はその試作と言われています。日本最古の噴水と言われています。

 

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栄螺山
13代藩主斉泰が三度にわたって霞ヶ池を掘り広げた時に出た土を利用して築いた山。高さは9m、周囲は約90m。左上がりで螺旋状に上って行く坂道があり、ぐるぐる上る様子が巻貝の殻のようなので、この名となりました。実際のサザエの殻は右巻き右上がりで栄螺山は逆という話は、よく知られています。

 

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栄螺山の避雨亭
栄螺山にある小亭。傘を広げた形から避雨亭と呼ばれ、栄螺山も「からかさ山」の愛称があります。もとは金沢城の鼠多門の内にあったものといわれています。

 

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三重の宝塔
栄螺山の山頂に立つ石塔。12代藩主前田斉広を供養するために建立されたもので、建立したのは斉広の正室・真龍院と側室・栄操院(13代藩主斉泰の生母)。
一重目に珠洲産の桜の木を彫った仏像と法華経の経巻、斉広の肖像を納めた。また、今はないが、三重の笠には24個の青銅製の風鐸が吊り下げられました。斉広の娘で異母姉妹である次女と三女が献上したものです。

 

兼六園にこんなに感動させらたのは、初めてです。色んな歴史や想いが詰まった兼六園。まだ見ていないスポットも沢山。四季折々、色んな表情を見せてくれる兼六園を、これからももっと楽しみたいと思います。


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